「若者の車離れ」本当の理由:若者の車嫌いは当然の流れだった

若者は車が嫌いになったわけではない

車が嫌いの若者が車を嫌いになるほど車と向き合っているわけじゃない

まず、若者の車離れを見ていくときに、「車が交通手段として必要ない」みたいな視点はかなり短絡的です。時代や環境が変われば、価値観も変わり、その結果、車というのが、人間的な生活を送るうえで、若者にとっては除け者扱いされてきているということです。

事実、車嫌いというのは、食わず嫌いみたいなもので、車を味わいきってから、「やっぱり車は嫌いです!」みたいな若者の「車嫌い」を指しているわけじゃないと思います。

物より事:高級車よりも100いいね!

浮世離れしない繋がりと多幸感を若者は求めている

昔は、現実で見せるしかありませんでした。なので、「いい車に乗る」という現実が自己発信だったわけです。しかも、それ以外の発信ツールも少なかった。しかし、今の若者はSNSやブログやあらゆる発信ツールを手にし、ネットやスマホで24時間絶えず双方向的なやり取りを可能にしました。

若者の承認欲求を満たすのに、高級車はコスパが悪すぎる

だって、フォトジェニックな場所に行って、写真撮ったりして、アップして、いいねもらって、それが昔でいうと車を買うみたいなことなんですが、若者が違う点は、「大量に情報をアップしいく」ということ。インスタ映えなんて言葉が流行語になったように、今の若者は、「手軽に承認されたい」という思いが強いんです。

若者が車の嫌消費になる理由

オジサンやオバサンの古臭い価値観の押し付けを若者は嫌う

若者は多様性の時代に生まれました。「まずは認めよう」ということをして欲しいのです。そんな中、大人たちがイケイケのバブルの頃の「男と言えば」今、価値を押し付けることはハラスメントと捉えらえるような時代です。

「やっぱり、男なら働いて稼いで、いい車買って、いい時計して!」だとか「あの頃は良かったぞー」みたいなノスタルジーの押し付けがあるからこそ、その時代に価値の高いとされていた車がダサいと感じてしまうというのもあるでしょう。

若者主体のSNSに、年配世代が入ってくると、「SNSおじさん」と揶揄され、若者は嫌います。

一億総中流じゃない時代:若者は車なんて買えない

車を買えるほどの余裕をそもそも持ち得ていない

サラリーマンががんがん毎年給料が上がるみたいな時代でもなくなり、非正規、ニート、ネット難民、格差社会という言葉があるように、平均的に車にお金を掛けることをできる人が減ったとも言えます。

もちろん、車が大好きで、「車にお金を賭ける」という人はいるでしょう。人生の優先順位を考えたら、「車なんて買うもんじゃない」という認知が染みついて閉まったと言えます。

レンタルサービスからシェアリングサービスの時代へ

消費は「買う」だけじゃないが浸透

スマホアプリなどに一般人たちが連帯してシステムを構築しやすくなったことによって、シェアリングサービスは一気に広がりを見せています。車でいえば、Uber(ウーバー)が有名ですよね。

「車は買うもんじゃない」という認知はますます強くなりますよね。

変化の激しい時代だからこそ、車には手を出しづらい

時代の変化に追いやられないために、大きな浪費は控える

時代は多様化、複雑化、高度化、急速化して、ますます目に見えないものになっています。そんな中で、車にはやはり手を出しづらいと若者が考えるのは自然です。過去の車を当たり前に買って、それが習慣として身に付いてきた大人だからこそ、今も「車は買って当たり前」という認知ができあがっているのです。

情報も物事も過多で「断捨離」」の時代

煩わしさを避けることが優先順になっている

本屋に行けば分かりますが、今は心理的にも物理的にも煩わしさをなくすようなメソッドの本がとても売れています。それは、時代が情報も物事も過多で、しかも、忙しい中でスピーディーに対応していかないといけないからです。

「大きいものは持たない」という思考を持った若者が多くなりそうなイメージは湧くと思います。

最後に:それでも車の魅力は溢れまくっている

そう、車を好きになってはいけない理由も、買ってはいけない理由もない

大事なのはやはり相互理解だと思います。若者が車に対して肯定的になれないことも認め、車に魅力を感じないことも認めたうえで、自分たちが車を愛し続けていけばいいだけの話です。

余裕があるときは、若者に車を体験させたりすると、意外に興味持ったりします。押し付けずに、「どんな分野も知見や体験を深めると楽しいよね!車だってそうだよ」みたいな姿勢が大事なんだと思います。

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